Research of manpower supply business field.

他に類のない派遣業界幹部向けの会員制メールマガジンを発行し始めて4年になります。派遣業界に 関する話題を斬新独特の切り口で取り上げ、多くの派遣会社管理職の皆様に愛読いただいております。そのバックナンバーの一部を御覧下さい。

東田康之

パソナが持ち株会社移行


本日の日経産業新聞より
見出し
  南部靖之社長に聞く
  パソナ、持ち株会社移行後の戦略
  グループ企業の監視徹底

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パソナは来年3月に純粋持ち株会社体制に移行します。いわゆるホールディングスですが、この体制は既にスタッフサービス、フジスタッフが 移行しております。南部社長によると最大の狙いは「コンプライアンス対策」だそうですが、これは建前でなく本音ではないでしょうか。派遣法の傘下で生息する上場人材ビジネス会社はリスクの筆頭にコンプライアンス問題があり、これが火を吹くとどうなるかはグッドウィル、フルキャストの例で明らかで、何万人ものスタッフを抱える上場派遣会社オーナーにとっては心配で枕を高く眠れる日は少ないのではないでしょうか。


その意味で
  『事業を手掛けない純粋持ち株会社は、グループ企業の隅々まで監視の目を行き届かせる
ことになる。』

という意図はよく理解できます。グループ登録者数十万人分のデータは持ち株会社で一括管理するそうですし、、。ただ、

  『人材派遣会社では派遣前に面接をしたり履歴書を見せたりする法律違反が目立つ』

とまで言及していますが、おいおい、そこまで言っていいの?とパソナ社員の皆さんは首をすくめているかもしれませんが、、、まあこの人はたたき上げオーナーでは珍しい、夢に生きる万年青年ロマンティストの側面をお持ちですので、そこは現場がなんとかしてよということで 、、。

<南部靖之氏 点描>
この際ついでですので派遣業界きっての「名物男、伊達男」である南部社長のプロフィールを18年間ウオッチしてきた私の独断を交えてのお話ししてみましょう。

南部氏は昭和27年(1952)神戸市に生まれの55歳。昭和51年(1976年)3月関西大学工学部卒業、卒業の1ヶ月前、人材派遣事業を起業し今に至ります。少し長くなりますが、日本事務処理サービス協会(現日本人材派遣協会)創立10周年記念誌(1996年発行)掲載の日本の派遣会社の歴史から彼に該当する部分を引用します。

  『大阪でマンパワーセンター社を起こした南部靖之は、大学卒業時に
就職試験に失敗し、「それなら」と、まだ学生のうちに自分の会社を
設立した。 それも、全くの偶然からテンポラリー・システムのアイ
デアを思い付いたからだ、という。就職のために訪問した会社の人事
担当者が「忙しいからといって、その度に社員を増やしていたら、会
社が潰れてしまう」というのを聞いて、「それなら、忙しい時だけ働
いてくれる人材がいれば、会社は大助かりじゃないか」
   と考えた。 その頃、すでに大阪にはマンパワー・ジャパン社の支店
   が開業している。

   マンパワーセンター社の南部の場合も、いくら若かったとはいえ、
   一見無謀に近かった。 大学時代の仲間三人と会社を始めるのだが、
   その時相談した経営学の教授が「止めたほうがいい」と、まず反対
   している。 資本金三百八十万円の半分は父親の栄三郎(のち社長)
   が出し、後は自分の貯金と友人から掻き集めた。 南部の取り柄は、
   思ったらすぐ行動を開始する行動力と、もって生まれた強運にあっ
   た。 三人の仲間と大阪市内を手当たり次第に飛び込みセールスに
   歩いた。 それも一日五十社訪問という、ものすごい勢いだったと
   いう。 大阪でやっと注文が入りだした51年秋、まだ会社設立から
   一年にしかならないというのに、二トン・トラック二台に安く仕入
   れた家財道具を積み込んで、東京支店開設に乗り込んで行く。 それ
   も東京の人材派遣マーケットに関する予備知識はおろか、東京の地
   理さえほとんど知らなかった、というのである。 しかし、当時も
   東京には大企業の本社機能が集中し、あらゆる専門職種にわたって
   大阪とは比べものにならないほどの人材需要があった。 この一見
   無謀とも思える東京進出がなければ、今日のパソナ社はない、とさ
   え言われている。

   大阪から東京に打って出たマンパワーセンター社は、54年テンポ
   ラリーセンター社に改名した頃から事業に弾みがついた。 「テンポ
   ラリー」というテンプラ屋に間違われそうな、なじみのない英語を
   社名にした心意気で、新宿支店を皮切りに神戸、横浜、名古屋、福
   岡、広島、札幌、静岡、仙台と一気に支店網を拡大していく。
   59年には香港、シンガポール、西独、スイスと海外にも手を広げ
   るまでになった。』

徒手空拳からの出発の経歴はテンプスタッフの篠原社長、スタッフサービスホールディングスの岡野社長に共通します。違うのは他のお二人が他の会社での社会経験を経ての転職独立組であるのに対し、この方は社会経験なしの学生からダイレクトに起業していることです。この点リクルート創業者の江副浩正氏と同じで、創業者に前職の色がついていないという事実は社風形成に独特の性格を付与します。よくも悪くもユニークな社風を醸成するのです。「南部商店」と呼ばれる所以です。


まったく前職の影響のない「自然児経営者」としての経営スタイルはユニークで、育った時代背景(団塊の後)もありましょうが、前の世代の経営者にありがちな焼け跡からの出発、強烈なハングリー意識、コンプレックスからの出発、金銭への執着、という泥臭さを感じさせず、限りない楽天性と前向き精神、旺盛な起業欲、それにロマンと自己顕示をまぶした、アクは強いが嫌がられない、というなかなか類のないキャラクターの経営者です。

歴史の浅い派遣業界の中で、業界創成期には多くの独立系派遣会社が起業しました。しかしその中で生き残って大会社に育て上げた経営者で現役は数少なく、パソナの南部氏のほかにはテンプスタッフの篠原欣子社長(73歳)とスタッフサービスホールディングスの岡野保次郎社長(55歳~同い年のライバルです)のみです。マンパワージャパンのA・フィナティ氏もキャリアスタッフ(現アデコ)の小野憲さんも鬼籍に入られました。

                    ~中略~

このようにかなりアクの強い、しかしどこか憎めないパーフォーマンス好きの南部氏ですが一方でスタッフさんをすごく大事にする経営者なのですね。
昨年はスタッフ時給アップを請求アップに先行実施して減益決算になって株価落としたりしています。今年7月には交通費を一部支給始めました。これらの施策はボトムアップで出来ることではなく完全なトップダウンでしょう。それでいて『広告宣伝費は前年比で2割ほど減らしている』とのことでちゃんと算盤もはじいているのですね。

創業オーナーにも地味で表に出ない方(スタッフサービス)、個人商店のお母さんみたいな親近感醸成される方(テンプスタッフ)とは全然違うタイプで、自己顕示強くて(自社サイトに個人ブログ掲載・・・東証1部上場会社で! http://www.nambuyasuyuki.com/blog/index.php )元気で前向き、ロマンと算盤併せ持つのが南部靖之オーナーです。

3社のオーナー3人それぞれ個性が違いますが、ボトムアップ色の強い篠原テンプ、軍隊風組織で統御する岡野スタッフサービス(最近少し変わったようですが)、空を指差す南部パソナと評しましょう。
以上私の独断です。