Research of manpower supply business field.

他に類のない派遣業界幹部向けの会員制メールマガジンを発行し始めて4年になります。派遣業界に 関する話題を斬新独特の切り口で取り上げ、多くの派遣会社管理職の皆様に愛読いただいております。そのバックナンバーの一部を御覧下さい。

東田康之

派遣会社の歴史

先週に続いて派遣業界の歴史を述べます。なにぶん人材派遣業界はこの10年間で売上規模が4.3倍に伸びた業界です。という事は、内部従業員もこの10年間で約4倍に増えておりますので、業界全体の平均勤続年数は6-7年ではないでしょうか。

またこの市況通信のご購読会社に占める資本系派遣会社の割合は8割ですので、親会社から出向転籍の幹部の皆様の業界歴も10年を越えられる方は少ないはずで、20年前の派遣法施行の頃の話など殆どの方がご存じなく、ましてやそれ以前の業界創成期など、「見たことも聞いたことも無い」方が100%でしょう。そこで古きを訪ねて新しきを知ることもたまには必要かと思い、2週続けてこのテーマを扱うわけです。今号は長いです。かつ独断が入っておりますので前もってお断りしておきます。


まず人材派遣業界派遣業界の創成期についての詳細はこれと言った資料は残されておりません。当事者である創業者達で書物に残す人はいなかったし、あっても自分の体験中心の記述でした。そんなこともあり、ここで業界創業期のあれこれを多くの当事者に取材して活字に残しておこうという企画が平成8年の日本事務処理サービス協会(現日本人材派遣協会)の設立10周年記念誌に掲載された「日本における人材派遣の歴史」です。この文章は当時の協会の広報部会幹事会社であった日経スタッフの大石脩二社長(当時)が記者経験を生かして派遣会社幹部に取材し、執筆されたもので、当時の業界の雰囲気が見事に再現されたルポルタージュになっております。この文章をお目にかけます。後で読んでください。

さて前号で触れた派遣業界の「抵抗勢力」についてです。まあ、ありていに言えば派遣の侵食によって立場が脅かされない正社員を守る立場の労働組合のことですが、その組合団体とその支持を受ける日本社会党(当時)と、思想的に労働者「搾取」に反対する共産党等の左派勢力が人材派遣を認める方向の労働者派遣法の成立に反対し、法案の骨抜きを図ったとは業界古老の弁です。1986年に成立した(野党は反対)法律の認可職種を見ますと、たった13職種でスタートしているのはこの反対勢力との妥協の結果と思われます。(ちなみに朝日新聞の今に至る派遣業界への冷たい視線-派遣110番と仲良し-はこちらに共感する社風から来ていると愚考します)。

さてスタート時の13職種とはこんな職種です。

  1. 情報処理システム
  2. 事務用機器操作
  3. 通訳・翻訳・速記
  4. 秘書
  5. ファイリング
  6. 市場調査
  7. 財務処理
  8. 外国貿易文
  9. デモンストレーション
  10. 添乗
  11. 建築物清掃
  12. 建築設備運転
  13. 建築物関連サービス
    そして3ヵ月後に追加3職種
  14. 機械設計製図
  15. 放送番組制作のための機器操作
  16. 放送番組制作の演出

そもそも派遣法の趣旨が、「一時的(temporary)」「専門的」なものに限るという事でしたのでやむを得ないこともありますが、一見してかなり専門的な職種でのスタートであったことがお判りいただけるかと思います。

さてここで疑問が出ます。この法律施行の前に派遣会社はどんな職種を派遣していたか、です。1966年マンパワージャパン開業に始まる独立系派遣会社は、この法律施行の1986年までの20年間、認可された上記の職種のみを派遣していたのでしょうか?そんなことはありえません。何と言っても規制する法律がなかったのですから、派遣職種は「何でもあり」だったのです。それが派遣ビジネスを「公認していただいた」とはいえ、こんな専門的な16職種に限られてしまったら、これに該当しない派遣実績職種は止めろという事か、という疑問です。法的には派遣禁止です。ところが業界売上統計を見ますと、この法案成立後に業界売上が激減したと言う事実はなく、むしろ激増したのです。そのからくりはどこにあるのか?

答えは、、、。法律を守らなかったのです。面従腹背で行ったのです。また当局もそこには目を瞑ったのです。最大の問題は「一般事務職」でした。昔も今も派遣業界にとっての大票田である一般事務職は、当初の認可16職種に含まれておりません。「専門的職種」のみを認可する、と言う立法趣旨から見れば一般事務職は認可できるものではありませんでした(組合員の最も多い職種です)。しかしこれを派遣ストップすれば、派遣会社の経営は成り立ちませんし、それよりもなによりも稼動中のスタッフを失職させることなど、労働省の立場からできることではありません。さりとて野党もからむところで法律を通すには「専門職」に限ると言う建て前を通さざるを得ない、、、。そこでここからは私の独断と偏見ですが、労働当局は「あうんの呼吸」を行ったのではないか、という事です。見てみぬふりをする、これです。(同じことが製造請負における偽装請負にも見られました。摘発すると日本の製造業が沈没すると危惧された時代がありました。)

また派遣会社も厚生省(当時)への事業報告では一般事務職の実績報告を他の認可職種に分類して提出したのです。それに使われたのが上記2の事務用機器操作と5のファイリングです。電卓を使うから「事務用機器操作」、事務職なら書類のファイリングぐらいするだろうから「ファイリング職」、と言うように牽強付会して分類して報告したのです。無論派遣会社内の社内書類処理もそうしました。したがって当時の派遣事業報告の職種別派遣人数を見ますとファイリング職が不自然なほど膨れ上がっていたのを私は覚えています。派遣会社社内で「一般事務」と言う言葉は禁句であること、現在の「事前面接」と言う呼称が禁句であることと同じだったのです。

しかし法律で定めるファイリング関係業務の定義とは

○ファイリング関係(令第4条第8号)
文書、磁気テープ等のファイリング(能率的な事務処理を図るために総合的かつ系統的な分類に従ってする文書、磁気テープ等の整理(保管も含む。)をいう。以下(8)において同じ。)に係る分類の作成又はファイリングの業務

当時(20年前)はまだ磁気テープなどと言うものがあったのですが、こんな専門的な仕事に一般事務職を押し込めたのです。またデパートのレジ打ちは事務用機器操作で報告した(笑)という話も聞きました。

そんなことで16職種に適合されない一般事務系職種は、家宅捜査を逃れるアンネフランクよろしく屋根裏部屋に隠して知らぬ顔をしていたのです。捜査員は天井をちらりと見上げながらもそ知らぬ顔で引き上げて行ったのです。しかしそれに感づいた協力者から抗議があったので、ここはきちんと定めなおしますよ、としてファイリングの定義に数年後に次の一文を加えて補強しています。

高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限る。

一般事務職の派遣が名実ともに解禁になったのは1999年の原則自由化になってからです。(それも新職種に分類されますので1年限定の条件付でしたが今や3年になっております。)しかし時の流れは皮肉なもので、この頃になれば職場のOA化が進んでオフィスにはパソコンが当たり前になり、事務員全員が事務用機器操作職と名乗れるようになってしまいました。一般事務職はオフィスから消えうせてしまったのです。したがってファイリング問題を知る人は派遣業界ではこれから少なくなるでしょう。

このように、人材派遣業界における法律遵守(コンプライアンス)に対する考え方は一般事務職問題に見る如く、かなり独特なもので、実態(違反)が先行し、その実態が後追いで「合法化」されていくと言う、他業界では見られない奇観が相次いたことにより、派遣会社(特に独立系)は最近まではコンプライアンスに対しては鈍感でありました。『そのうち後追い認可されるさ』、と言う気分です。(一例をあげると、紹介予定派遣の事前面接禁止が2004年に解禁されましたが、そんなもの守っていた会社はそれまでなかったはずです。)一方、資本系派遣会社は幹部に「実戦経験」の無い方が多い事から、どの辺までOKでどのへんから駄目かと言う皮膚感覚に乏しく、親会社時代の癖で法律は額面どおりに守ると言う対応で、随分窮屈(?)な事業展開をされた会社もありました。クライアントの例ですが私の実体験で言うと竹中工務店大阪本社に営業に行ったところ、人事担当者から「一般事務は法律で禁止されておりますので当社では使っておりません。」といわれて恐れ入ったことがありました。

このような悪弊(?)、すなわち「面従腹背、見てみぬふり」のよって来たる根源を辿れば、法案作りの原案討議段階の政府審議会で、使用者側代表(日経連委員他)と労働者側代表(連合の代表他)の主張が真っ向からぶつかり、正邪の判断ではなく利害対立の調整ですので多数決を取れずに政治的ネゴシエーションで決めてきたことによる不都合さにたどり着くと言うのが小生の強烈な独断です。

さてここまでの記述では派遣抵抗派を悪者のように言っておりますが、実は抵抗派もここのところ方針が変わってきました。当初は正社員を守りたいが故に派遣スタッフの存在そのものに反対しておりましたが、昨今では派遣スタッフの存在を認めて、かつ派遣スタッフの立場を強化する方向での規制推進を叫ぶようになりました。これは派遣元や派遣先にとってプレッシャーになることは否めませんが(exa一定期間後の雇用義務)、派遣スタッフを保護する流れは、ひいては派遣と言う就労スタイルを選択しやすくなる環境作りとも言え、これは派遣スタッフ希望者の増加にもつながります。(社会保険の加入義務強化、派遣健保設立などはその典型と言えます。)10年間で業界売上4.3倍という事は就労スタッフ数も10年間で4.3倍になったことを意味します。この供給量なくしては業界の高成長はありえませんでした。このスタッフ希望者増加に上記の「立場改善」の動きは大きく寄与していることはまちがいないと思われます。

市況通信の前号と今号に於いて、独立系と資本系、賛成派と反対派、規制緩和、コンプライアンス等のさまざまな断片のお話をいたしましたが、これらの流れが合流し、大河となって今日に至っているのです。ご参考になりましたでしょうか。

参考資料として小生オリジナルの派遣業界年表を添付します。